FC2ブログ

「見る」の段階

06 25, 2017
先日,柄にもなく美術館に行ってきて,写実画を鑑賞してきた。
まるで写真のようだが,近づくと確かに油絵である。絵心のない僕には何をどうしたらこういう絵が描けるのか分からない。驚嘆した。

髪の毛,葉っぱ,金属,ガラス,水滴にいたるまで,緻密に,本物みたいに描かれている。絵のうまさ,色使いの自在さなどの技術は言うに及ばず,観察力とあれを描き上げる根気もすごい。(1枚の絵に短くて数ヶ月,長いと20年以上掛かるそうだ。)

人が描いた絵だと感心して,またわざわざ美術館に絵を見に来ているわけだから,僕もじっくりと細部まで見た。髪の毛1本,葉っぱ1枚,水滴1粒の様子まで見ようとした。はて,そうすると,普段現実のものをいかにいい加減に見ているかを思い知らされた。
写実画に描かれているのは日常の何気ない風景や人,ものである。同じような風景を実際に見る時,僕らは目に映っても曖昧に見ていたり,見えていても気に留めていなかったり,そもそも目の前のことよりも別の考えごとをしていたりする。
それが悪いことだとは言わない。しかし普段見ているものを適当に見過ごして,それがわざわざ絵になったもの(しかも本物そっくり)を美術館に行って初めてじっくり見るとは,いささか滑稽ではなかろうか。ある意味同じものなのに。

見えていることと見ていること,そしてそれを捉えていることとの間には大きなギャップがある。僕は明らかにぼんやりしていることが多い。目の前に実際にあるものに対する解像度を高めたいと思う。

ミスはすぐに取り返せないし,その必要もない

05 02, 2017
 ほそぼそと2年ほど将棋を指している。未だ4~5級。何事も勉強しないと伸びません。長らくコンピューターソフトに練習相手になってもらっていたのだが,ようやく人相手の対局を始めた。
 ソフトはこちらが指すや間髪入れずに指してくる。自然,こちらも気が急いてパッパと進めて余計にポカをする。どうせソフト相手だからと,いい加減に指してみたり途中で止めたりすることもある。その点,人相手はあまり適当なことができないし,相手の考慮時間にも考えながら待つことになる。ゲームとして断然そちらの方が楽しい。

 趣味だからおもしろければ良いのだが,将棋を通じて再認識することも多い。例えば,自分が少し有利な局面でミスをする。哀しいかな頻繁に起こることである。取り返さなくてはと慌ててしまうと,ご想像の通りロクなことはない。そこで誘発される2回目のミスが致命傷。そう分かっていても,当事者は平静を失ってしまいがちだ。(元は本で読んだ話の受け売りです)
 ミスをしても,1回なら大丈夫な場合も少なくない。冷静に局面を見ると,まだ自分の方が優勢で差が縮まっただけだったり,少し優勢だったのが互角になった程度だったり,やや劣勢だがまだ戦える局面だったりする。そのうち相手もミスをする。自分がミスの後にできることは,今この場の最善を尽くすだけだと知ることである。

 ミスを重ねてしまう理由はもちろん気の動転が大きい。冷静な判断ができなくなるのは,「今すぐに」挽回せねばと思い込んでいるためと,ミスする前の良かった局面が頭にこびりついていて,その状況と今とを比較するためである。ミスでなく最初からその状況だったら,辛さこそあれ,そうスイッチが入ったように焦り出すことはないはずだ。
 まず落ち着いて,その局面から始まったかのように判断をリセットするべきである。ギアをニュートラルに戻してから再発進するのが良い。そしてあくまでそこから,自分ができる範囲の最善手を探すことである。ミスはすぐには取り返せないし,その必要すら実はない。終局までにどうにかできれば十分。第一,すぐに挽回しようと思ってできるのは,よほど状況に対して自分の技量が高い場合だけだ。そんな場面は多くない。
 偉そうに書いたが,僕は気持ちの切り替えが非常に不得手である。日常生活でも仕事でもすごく引きずる。将棋がひとつの練習になれば幸いである。

おもいだすもの

03 10, 2017
 明日で東日本大震災から6年ということで,ニュースなどでも特集が組まれている。そこでは災害への備えが大切だとか,防災のための公共投資の話とか,まだ被災地の復興は半ばであるとか,今被災者はこのように暮らしているとかいう話が主なようである。
 もちろんそれも大切である。しかしそれでは何だか遠いところの話,テレビの向こうの話として捉えられてしまうように感じる。
 僕を含め被災地の間近でないところに住んでいた人でも,震災直後には家族と連絡が取れにくかったり,スーパーにものがなかったり,電力不足で暗い中を過ごしたり,致命的ではなくとも身近な影響を体感したのではなかったか。そして家族の絆とか大切さとか,「普通に」,「あたりまえ」に暮らせることがどれだけありがたいかを感じたはずではなかったか。
 当時はそう感じても,そんな話は日常が戻るといつの間にか忘れてしまう。再び「あたりまえ」になってしまって,つまらぬことにもブーブー文句を言ってしまったりしまう。そのブーブー言っているうちが実は幸せというものなのかもしれないけれど,何だか学習能力がないみたいではないか。
 明日はたまたま土曜日だし,そんな「あたりまえ」に感謝しながら過ごすよう意識する日としたい。

自由とは何か?---①選択のパラドックス

02 05, 2017
 自由とは何かと問われた際,「束縛を受けず自分で決め,自分で責任を負うこと」と説明されることが多い。その定義による「自由」な環境をつくる方策としては
・規制を少なくすること
・選択肢を多くすること
が挙げられる。特にTPPや電気・ガス等,経済的な自由化が話題な今,「枠を取り払う」「好きなものを自分で選べる」ことが一層推し進められている。その勢いたるや,自由化に背く自由などないかのようである。(その意味で,アメリカの新大統領の言動はなかなか興味深い。賛成するかは別として。)

 一方で,自由であるがゆえに,迷ったり,不安になったり,疲れたりするということは,少なからず共有されている体感だと思う。自由であることと穏やかで幸せな日々を送ることとは必ずしも一致しないらしい。

 下記は,あまりに何でも選べるようになった現代の「選択のパラドックス」を解説した講演である。たまたま見ておもしろかったので,ご紹介させていただきたい。動画は少し長めで20分間ある。興味と時間がおありの方,もしくは英語のリスニング練習でもしたい方は聞いてみてほしい。字幕が付くし,リスニング素材としても(比較的)聞き取りにくくない発音だと思う。(・・・ちなみに僕は字幕がないと理解できない。)

 要旨は,
選択肢が増えすぎると
・選ぶこと自体が大変すぎてエネルギーを使い果たし,または負担すぎて選ぶことを放棄するようになる
・「選ばない」多数の選択肢と比較することで,期待値の基準が高くなり,実際に選んだものに対する自信ないし満足度が低くなる
と,まぁ書いてしまえばフツーのことだが,それは僕の書き方の問題だと思う。講演は分かりやすく,ユーモアを交えて語られている。迷い疲れで健康を損ねそうな方に,少し気の休まりが与えられるかもしれない。

http://www.ted.com/talks/barry_schwartz_on_the_paradox_of_choice?share=1cb7048c68&language=ja



身近な人ほど必要な異文化理解の意識

12 23, 2016
 仕事で外国人とのやり取りが増えてきた。僕は海外志向は全くないし,上司にもそう伝えてある。海外で仕事したいと言う(本心か方便かは知らないが)人は他にたくさんいるのに・・・。良いことも悪いことも,自分が思うようにはならないものである。
 とは言え,一緒に仕事をさせていただくお相手には何の責任もない。別に海外に行きたくない一方で,どこの国の人とも良い関係でコミュニケーションを取りたいとも思っている。今一緒に仕事をしている方とは(お互いかなり気を遣っているためか)幸いまだトラブルになったことはない。それでも文化や感覚の違いを感じることは多々ある。

 僕だけではないと思うのだが,外国人と接したり海外に行ったりすると,文化や意見の違いに寛容になりがちだ。「まぁいっか。こういう考え方なのか。」と受け入れる場合が多いのではないだろうか。あまつさえ勉強になったとか異文化理解とかポジティブに捉えることも少なくない。

 ところがこれが日本人同士ならどうか。意見が違うと妙に傷ついたり怒ったりする。理解できないと言う。自分が理解されないことに腹を立てる。しまいには「言わなくても分かれ」などと傲慢なことを言う。
 それは期待のし過ぎか甘えているのだと思う。なまじ同質性が強いからこそ,知らぬ間に油断する。家族や友人など,日常接する人が何より大切なはずなのに,そのような人に対してほど「異文化理解」を疎かにする。言う方にも聞く方にも原因がある。
 甘えることが悪いのではない。甘えていることをきちんと自覚して,感謝したりできるときにお返ししたりすれば,そう問題にならないはずである。自覚のないままに甘えるから,互いに傷いたり我慢したりすることになる。
 日本人同士,友人同士,家族同士ほど,細やかな異文化理解が大切。しかしこれこそ難しい。

プロフィール

がうす@仮住まい

Author:がうす@仮住まい

カレンダー
11 | 2019/12 | 01
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -
かうんたー
最新記事
最新コメント
カテゴリ
月別アーカイブ